組織診断(印環細胞癌とわかったこと)はかなりの動揺を与えた。想定していたシナリオの中では最悪のものに近かったからであろう。医者だから、知識があったから動揺したという面は、もちろん強い。印環細胞癌と言われても、それに対するイメージを持っていなければ、ほとんど何もインパクトを与えない情報だったのかもしれない。今になって思えば、自分はこの時に転移か死を覚悟したのかもしれない。胃癌は手術で治ることの多い癌種であるという認識でいたのが、印環細胞癌であったという癌側の逆転打が出たのである。癌と知り、それに対して抗するために生活を変えてゆく――手術を受ける準備をしたり仕事をキャンセルしたり――中で、どうしても癌であることを他人に告げなければならない場面が出てくる。自分と家族が受け止めた後は、周辺との調整という厄介な、実に厄介な問題が待っている。この調整のために使う気力がばかにならないほど精神を疲れさせ生活を狂わせる。どの範囲の人たちにどの程度のことを話しておくか。それの調整が半ば面倒なので自分としては癌を概ねオープンにしようと思っていたが、妻はそれに反対した。妻の友人のご主人が癌になった時の周辺の反応を見ていると、癌というだけで死んだわけでもないのに周囲の人々が引いていってしまったと言う。