一夫多妻の当時、四十五歳の夫の藤原兼家には何人もの妻や愛人がいて、正妻は外戚政治の道具となる娘をふたり生んでいた。息子をひとり生んだだけの推定年齢三十八歳の作者には、夫をつなぎとめるだけのものは何もなかった。白粉や紅といった高価な化粧品を使える特権階級の作者といえども、現代のようにリフトアップやシミ取りの技術や優れた白髪染めが手に入る時代に生きているわけではない。いくらつくろったところで、寄る年波は隠しきれず、そういう「事実」を鏡は無惨に映し出すことで、これでは夫にうとまれるのも当然だという作者のコンプレックスを浮き彫りにしてもくれる。鏡の発達と普及が、どれほど庶民の女を美しくしたか、想像に難くない。その一方で鏡は、『蜻蛉日記』や『枕草子』、『源氏物語』といった傑作を生み出した母ともいえるのではないか。文学が自己を認識するところから始まるとしたら、鏡の発生と共に、文学は生まれたということができるかもしれない。
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